現役テレビ局員の映画・ドラマ研究記

在京キー局で暗躍するテレビマンが送る、読んだら誰かにこそっと話したくなる映画・ドラマの徹底考察! ※本サイトの見解は全て筆者個人のものであり、特定の会社を利するものではありません。

獣になれない私たち 第九話を執拗に考察する

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 速報レビューでは、けもなれが言う「獣」とは「人と手を繋いで生きようとする人間を搾取する存在」のことだと書きました。この「獣」は日本中に巣食っていて、話を広げようと思えばいくらでも題材があるのですが、実はそんな「獣」に立ち向かう話って今まで少なかったのではないかと思います。

 それをかなり極端にクローズアップしたドラマが「半沢直樹」になるわけですが、あの場合強者が弱者を食い尽くしていく雰囲気が画面全体に可視化されているため戦いやすい。

しかし「けもなれ」の場合だと、京谷が晶に対してうっすら抱いていたイメージですらミニマムなレベルでの「獣」と言えます。京谷本人ですら認識できていないうっすらとした「雰囲気」のようなものに晶たちはこれまで苦しめられてきていて、ではどうやってそこを生き抜いていけばいいかが来週わかるかもしれないわけです。

晶、恒星、京谷、呉羽、朱里。5人全員がハッピーエンドを迎えたらそれは嘘になってしまうかもしれませんが、誰か一人でもいいから何か吹っ切ってこの「獣」から逃れるようなラストを私は見たいです。では、考察行きましょう。


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あらすじ

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恒星の家で目を覚ました晶。朝、コーヒーを二人で飲みながらお互いが抱えている問題を話し合い、何かあったら頼るようにと約束をする。

ツクモクリエイトでは朱里が社長秘書に、晶が営業部長に任命される。主力の他社への流出を恐れた九十九の懐柔策ではないかと佐久間は推測する。

呉羽と恒星の様子が週刊誌に掲載される。これは呉羽に対する元所属事務所の嫌がらせだった。その夜、報道を聞きつけて5tap前に群がった記者たちを呉羽は軽くいなす。

朱里の家に千春が突然訪れたことがきっかけとなり、晶は京谷とのことを千春に打ち明ける。これまで朱里のことをよく思っていなかった千春も彼女のことを受け入れる。3人はそれぞれの事情を知り、わかりあうことができた。その様子を横目で見ていた京谷は、恒星に晶のことを訪ねる。恒星は晶がただの飲み友達とは言いつつも、「性別関係なく、人間どうしでいられる貴重な相手で、壊すには惜しい」と返す。

その夜、二人で話し込む朱里と晶。お互いの恋愛経験などを話しながら、相手にすがってまでする恋愛よりも、人と人で結び合っていくことで孤独ではなくなるのではないかと考える。

その翌日、遅刻ギリギリで会社に来た朱里を九十九は怒鳴りつける。入ったばかりの朱里にもう少し配慮をするよう促す晶だったが、まったく聞き入れない。膨大な仕事量に悪戦苦闘しながらも懸命に働く朱里だったが、メールの宛先を取り違えて他社に売り上げデータを送ってしまう。数年ぶりに家を出て仕事にチャレンジしたもののうまくいかなかったことにショックを受け、朱里は会社から姿を消す。

恒星が監査を手伝っている会社では、告発を行った大熊が事実上退職させられていた。大熊は社内で居場所を失っており、犯人である経理部長は会社内で強い後ろ盾を持っていたのだった。

その夜、マスコミ騒動が落ち着くまで閉店した5tapの前で、晶と恒星は話す。

自滅したようにも映る大熊のことを考えながら、恒星は朱里の面倒を見た晶を自己満足に浸っていただけではないかと問う。晶はそれでも誰かの手を取ってあげることが必要なんだと思いを伝える。

 

しかしその翌日、5tapの常連たちはそれぞれが大きな敗北を経験することになる。

呉羽は週刊誌の件でネットから叩かれ、カイジの別邸に身を隠していた。ネットユーザーがフォロワーの中心層であるカイジにとってダメージが大きいのだと言う。

粉飾の書類を作り終えた恒星は、ついに犯罪に加担することを止める決断を下す。しかし顧客の会社から粉飾に加担したことを口外すると脅され、結局はハンコを押してします。

晶は会社から姿を消した朱里を罵倒し続ける九十九についに吠えた。だれも社長に対して文句を言わないのは、自分が平和に生きていくための処世術にすぎないのだと。しかし九十九に「お前の代わりはいくらでもいる」と怒鳴り返され、周りも沈黙するばかり。晶は愕然として会社を出ていく。

深夜、恒星の事務所を訪れた晶。爆弾を落とそうと試みながらも逆襲に合い、傷ついた二人は慰め合うようにして一夜を明かす。

 

第九話登場クラフトビールとその元ネタ

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今週は新しい名前のクラフトビールの登場がありませんでした。

毎週探偵のように元ネタを探した日々も来週で終わりかと思うと少し寂しくもありますね。

とりあえず最終回では5tapの周年パーティで「ナインテルドキャッツ」が出てきそうです。

 

晶と朱里の会話が示した大きなヒント

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いつにも増してかなり厳しい展開が待ち受けていた第九話。

その中でも最終回において重要になりそうな考え方を晶が語っていたのがこのシーン。物語中盤、5tapで朱里と千春と和解したあと、晶の家で枕を並べて話す場面です。

朱里が「彼氏欲しい」と呟いたことからお互いの恋愛に関する価値観がわかる会話が始まるのですが、以下少し振り返ってみます。

晶「恋愛はしばらくいい。相手にすがって、嫌われないように振舞って、嫌だ」

朱里「じゃあ、ずっと一人で生きていくの?」

晶「一人なのかな?今は二人。私と朱里さん。さっきは三人でビールを飲んだ。会社の同僚と一緒のことで喜んで、女同士で千回のハグ。この前は飲み友達と朝までゲームをした。そういう一つ一つを大事にしていったら、生きていけるんじゃないかな?一人じゃない。じゃないかな?」

 これまで、京谷との結婚というある種の約束事に縛られていた晶は、彼と別れることでそこから解放されました。

結婚相手となる男性の前では、相手の思う通りに振舞って、笑顔でいなければならない。

一つ目のセリフです。これは、京谷が「最近の晶可愛くない」と言ったことから来ていると思いますし、第一話の時点で恒星が「キモい」と切り捨てた晶の姿でもあります。

それに対して朱里。恋愛してパートナーを見つけなければ、一人で生きていくことになるんじゃないかと。これは京谷への思いがまだ頭の中にあることから出てくるセリフだと思いますし、仕事を通じて人から必要とされたいと願っている彼女らしい言葉ですよね。

この奥底にある価値観は、「女性の独り身=孤独、普通でない、何か問題がある」などが代表的だと思います。結婚をしなければずっと一人で生きていくことになるぞ、と。

これもまた京谷と付き合っていた時に晶を縛っていた世間一般の価値観ですよね。

しかし次のセリフで晶は、結婚したり、恋愛してパートナーを見つける以外にも一人じゃなくなる道があるんじゃないかと言っています。

結婚となるとどうしても、「なんでも笑顔で文句を言わずに奉仕する理想の女性像」(このブログでは「原節子的女性像」と言っています)を男たちが求めてきて、そこに搾取されざるを得なくなってしまう。

そうではなくて、一人一人、男性女性関係なく手を結んで大勢で生きていくことができたら、そしてそれが特殊なことではなく普通なことだと思われるように世の中が変わっていけば、「原節子的女性像」によって搾取されない結婚も生まれてくるのではないか、こういうことも考えられるわけです。

 

なぜ晶役は新垣結衣でなければならなかったのか?

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少し話が飛躍しているようにも見えますが、脚本の野木さんが新垣結衣を使って「逃げ恥」を作ったことから考えると、「けもなれ」をこのような男女関係における搾取の話と見ることもあながち言い過ぎではないように思えるのです。

 

これまでの記事を読んでいただいた方からすると少し繰り返しになりますが、

逃げ恥では最終回直前で、新垣さん演じるみくりが「結婚に伴う無償の家事はやりがい搾取だ」と言いました。そこから、どうしたら搾取にならずに夫婦関係を築くことができるか、という最終回になりましたよね。

「逃げ恥」はコメディの形を取ることでかなりオブラートに包んではいたものの、こういった面ではかなり現代の日本の男女関係に対して深く切り込んでいます。

つまり、野木さんは「逃げ恥」では掘り下げきれなかった現代の男女関係、夫婦関係の問題を、「けもなれ」によってよりリアルに描こうとしているのだと思います。

こと晶については、新垣結衣という女優が持っていたパブリックイメージを原節子に重ねることで、以下のような何層にも渡る複雑な関係性が成立しています。

 

第一層 ドラマのキャラクター

晶:常に笑顔で仕事は完璧。何かあっても嫌な顔一つせずに対応する。周囲の人とのバランスを取るために気を使い続け、他人のための人生を生きていた。

 

第二層 ドラマの背景

原節子:晶が所属するツクモクリエイトジャパンの社長、九十九がデスクトップの壁紙にするくらい敬愛する昭和の名女優。愛称が「永遠の処女」だということからもわかる通り、亭主関白や見合い結婚などの旧来的な男性優位の価値観に身を捧げる役柄が多い。

 

第三層 役者のパブリックイメージ

新垣結衣:スキャンダルや浮いた話もなく、10代の頃から清純なイメージを保ち続ける日本の20代後半世代を代表する女優「ガッキー」。明るくひたむきに努力する役柄が多い(「コード・ブルー」など)。

 

「けもなれ」第一回が放送された直後のSNSなどで上がっていた批判的な声を覚えている方も多いと思います。

その内容の多くが、「こんなガッキーみたくない」、「ガッキーがかわいそう」などの、これまで「ガッキー」が背負ってきて、期待されていた役柄とは大きく異なることから生まれた不満でした。

「けもなれ」における新垣結衣の役は、これまで彼女が文字通り「演じてきた」女性像を続けることが困難になった女性の役です。それどころか、無理難題を押し付けてくる男性たちに対して口答えをし、なんとかして爆弾を作る画策までしています。

つまり、理想的な女性を(少なくともけもなれ内で)新垣結衣に求めることは全くもって不可能なのです。

そういう意味では少なからず上がった不満の声も当たってると言えば当たってるんです。

 

でも野木さんがやりたいのは、「そういうガッキー的要素を女性に求めることで搾取されて苦しんでる人がいる」という話ではないでしょうか。

 

原節子的女性像の代表格として君臨してきた新垣結衣でしか、現代において「獣」の価値観に苦しめられているキャラクター、晶を演じることはできなかったのではないかと思います。

日テレドラマ

というわけで、今回は晶と新垣結衣の関係性と、そこから見えてくるけもなれのテーマを考えてみました。

来週、ついに最終回、本当に本当に楽しみです。