2019年4月2日付けで発表されたオリコンCD売り上げチャートにて、日向坂46のデビューシングル『キュン』が47万枚を売り上げ1位になりました。
これは、女性アーティストのデビューシングルとしては歴代1位の初週売り上げだそう。
まず、そもそも日向坂46というグループ自体に「?」がつく人に向けて説明すると、
秋元康とソニーミュージックがプロデュースを務め、乃木坂46を中心とする「坂道グループ」のひとつが日向坂46です。
AKBでいうところのSKEやらNMBみたいなものですね(正確に言うと違うのですが)。
もともとは欅坂46の姉妹グループだった、けやき坂46(通称ひらがなけやき)がシングルデビューに伴い2019年3月から日向坂46に改名。その1stシングルが、今回取り上げる『キュン』。
彼女たちはひらがなけやきとしての活動期間が1年ほどあったため、すでに一定数のファンたちが育っており、満を辞してのデビューだったことから歴代1位になるほどの売り上げを記録したのです。
そしてそのPR活動の一環としてファンの間で話題になったのが、日向坂メンバーたちによるtiktok動画。
デビュー曲『キュン』のサビに合わせて振り付けを踊ったり、簡単に真似できるような可愛い仕草をつけたりした動画が日向坂46の公式アカウントから公開されたのです。
それはすぐに話題となり、動画公開から一週間ほどたった今でも #キュン および #キュンキュンダンス はホットワードとしてtiktokアプリで表示されています。
この現象だけだとピンとこないと思いますが、少し考えてみるとこのtiktok戦略があまりにも狙いすまされた計画のもとに行われていることに気が付いて震えます。
というわけで、今回は日向坂46がとった新しいPR方法について考察です。
全てがtiktok仕様にデザインされた楽曲『キュン』
tiktokは、2016年9月にサービスが開始された、ショート動画SNSです。
Youtubeが5分〜60分くらいまでと割とカロリーの高い動画サイトであるのに比べて、tiktokは平均して15秒程度の短い動画を投稿するサイト。
腰を据えて本格的な制作を行う必要があるYoutubeと比べて、あらかじめ決められたテーマや音楽に沿って撮影するだけで投稿できるハードルの低さと、他のSNSよりも比較的バズりやすい性質を持っていることから若者に非常に人気です。
さらに詳しいことは検索していただきたいのですが、tiktokが盛り上がっている背景として、
・15秒で見られる素早さ
・簡単にマネできる手軽さ
この2点が重要で、日向坂も下記のようにこの特徴を押さえに押さえたPRをしています。
それぞれ見ていきましょう。
単純すぎる『キュン』の曲構成
tiktokに上がっている日向坂の動画は、『キュン』のサビの歌詞に合わせてメンバー1名が本当の振りを踊る、2人で掛け合いをする、3人でキュンポーズをする、など人数ごとにパターンを変えて投稿されています。
秒数にしてぴったり15秒で『キュン』のサビ1フレーズがちょうど終わる流れです。
そして驚きなのがその歌詞の単純さ。以下はサビのフレーズ。
キュンキュンキュンキュン どうして
キュンキュンキュンキュン どうして
I just fall in love with you
秋元康が書いたとは思えないほどの語彙力の低さですが、何度か聞いているとこのフレーズが頭から離れなくなるのです。
その理由は二つあって、
・「キュン」という言葉を6秒の間に8回も繰り返している
・とにかく簡単な歌詞である
ことです。
人間の頭は単純にできていて、同じことを何度も何度も繰り返して言うことで簡単に刷り込みを行うことができます。
子供の頃に覚えた童謡や遊び歌をふとした時に思い出すのと同じ感じです。
それが『キュン』の歌詞にはかなり作為的にされていて、短い曲の中に42回もの「キュン」が出て来ます。もはや洗脳レベルの繰り返しです。
その言葉がサビの部分に集中していて、しかもサビの1フレーズの秒数はtiktokの平均値である15秒ジャスト。
この曲自体が、完全に「キュン」というワードをtiktokでバズらせる前提で作られているのです。
細かい歌詞は知らなくても、やたら出てくる「キュン」の言葉は知っているし、しかもその曲のタイトルはそのものズバリ『キュン』。
このびっくりするほどのわかりやすさによって、たった15秒で曲の紹介をすることに成功しています。
マネしてもらうための「お題」としての振り付け
tiktokのもう一つの特徴である、「簡単にマネできて投稿できる手軽さ」も日向坂46はしっかりと活用しています。
もともとtiktokがここまで流行った理由としてよく言われるのが、
「人間はお題を与えると答えたくなる生き物だから」というもの。
例えばテンプレートとして用意されている音楽に「言いなり選手権」があり、変顔だったりぶりっこポーズをリズムよく言われた通りにしていく動画がかなりの人気を誇っています。
それの何が面白いのかピンとこない人向けにtiktokから離れた例で言うと、『逃げ恥』の恋ダンスの動画投稿が大流行したことに近いです。
あの時も、「恋ダンス」というお題に日本中が乗っかったからこそあそこまでの広がりを持ったのでした。
日向坂に話を戻すと、画像にあるもともとのメンバー用の振りつけもシンプルでマネがしやすく、可愛らしく見えるポーズです。
しかし大事なのはそこではなく、公式アカウントから、「二人用」や「三人用」のダンス動画まで公開されていることです。
これらは一人用の振りよりももっと簡単で、なんならいくらでも遊びを利かせることが可能です。
そこまでバリエーションがあって、曲もキャッチーで、となったら確かにみんなマネしたくなっちゃいますよね。
では、現代である曲の売り上げを増やそうとした時に、『キュン』のような短くて覚えやすいサビで踊りやすいダンスのある曲を作りさえすればいいのでしょうか?
もちろん、違いますよね。
日向坂が他と異なるのは、tiktokでキャッチした人をファンにする流れまでをしっかりと作り込んでいるからです。
メディアを使い分ける日向坂の完璧な導線
乃木坂46をはじめとする通称「坂道グループ」は、基本的にSNSの個人使用を認めていません。
時代に逆行しているように見えるこのルールですが、結果として「ファンと簡単には繋がらない距離感」を作りAKBに代表されるようなファンコミュニティ型のアイドルと差別化することに成功したのでした。
そこに来て若者の最先端とも言える動画SNSのtiktokに日向坂公式アカウントができたことは、坂道グループのファンたちからしたら衝撃のできごとでした。
では、なぜtwitterでもyoutubeでもなくtiktokだったのでしょう?
それは、tiktokが日向坂を知らない若者たちへの最高のツカミとなるからです。
具体的に言うと、わずか15秒で「キュン」というフレーズさえ頭に残してもらえば、
日向坂46=キュン
の関係が人々の頭の中に結ばれます。tiktokの中で大量に存在するキュンキュンダンス動画を見て、もし日向坂に興味を持とうならそれでもう半分はファンになったも同然。
その人はYoutubeで「日向坂」と検索し、5分間のミュージックビデオを見るでしょう。
そしてMVを気に入ったら、違法アップロードにも関わらず「なぜか」消されていない日向坂の冠番組「ひらがな推し」(来週から「日向坂で会いましょう」に改題)に行き着くわけです。
オードリーがMCを務める「ひらがな推し」は純粋な番組としても面白く、日向坂のファンでなくても楽しめるように作られています。オードリーが最も輝いているテレビ番組だと言う人もいるくらい彼らの魅力が全面に出ているため、アイドル番組であるというイメージがかなり薄いのです。
まとめると、
tiktok(15秒)→「キュンダンス」ツカミ(ファン候補を大量に作る)
Youtube(5分)→「ミュージックビデオ」紹介・提案(じっくりと魅力を見せる)
テレビ(30分)→「ひらがな推し」深掘り(グループの楽しみ方を紹介)
このようなファン獲得の導線をtiktokをスタートラインにして見事に構築しているのです。
秒数の異なるメディアを使い分けることで魅力を切り取り、最後にはしっかりとファンのコミュニティに入れこむこの仕組み。日向坂のPRチーム、おそるべし。
実際このような割と新しめのメディアミックスの手法はよく使われているのですが、アイドル界の一大勢力である坂道グループが本気でやるとここまでの規模になるのかと驚くばかりです。
というわけで、日向坂46が行なっているtiktok動画の戦略性についての考察でした。