88歳になっても全く衰えることなく映画を作り続けているレジェンド、クリント・イーストウッド。
歳を重ねるごとに作品からどんどん贅肉が削ぎ落とされていき、町山智浩さんが言うところの「盆栽みたいな映画」を極めているイーストウッドの新作が『運び屋』。
90歳の老人が、州をまたいだ麻薬の長距離輸送人、いわゆる「運び屋」をやって逮捕されたという実話をベースにした映画です。
近年のイーストウッド作品の例に漏れず、派手さがある映画では決してないのですが、シンプルな中に豊かな感情が表現されている素晴らしい作品でした。
若者についていくことを放棄した老人
主人公であるアールは、孫娘のパーティにきていた青年に半ば騙される形で麻薬を売りさばいている組織の元に行くことになります。
そこでたびたび表現されるのが、「アールという90歳の老人を見る若者たちの視線」です。
簡単に言えばアールは若者から爺さんだと舐めてかかられているのですが、そのことに対して彼自身は抗議するわけでも、見返してやろうと奮闘するわけでもない。ただ、「自分は戦争に行っていたから、多少のことでビビッたりはしないよ」と大きく構えているだけ。
また基本的なストーリーの軸となる「麻薬取締官とアールの捜索・逮捕」の面においても、車種・色まで絞り込まれた末にアールが堂々と車を運転していても捜査の手は及ばず、まったく関係ない人を取り調べたりしています。
若者たちの生きる世界においては、アールのような超高齢者は存在しないも同然のような扱いなのです。
そのことはアール自身の行動にも表れていて、例えばもともと経営していた花の農園はインターネット通販の普及によって廃業に追い込まれていたり、舞台設定である2017年においてもスマホを一度も使ったことがなかったりします。
若者から見たらアールは目に入らないし、アールからしても彼らの文化に合わせる筋合いもない。
そんな風に、よくある若者ー高齢者の関係から一歩踏み込んだ断絶が映画の中で起きているのです。
アールが本当に運んでいたもの
「麻薬の運び屋としての長距離移動」という少し変則的な形をとってはいますが、本作はジャンルで言えばロードムービーなのでしょう。
若者に迎合したりせず自分の世界の中で好きに生きているアールですが、麻薬組織の若者や彼を追いかける麻薬取締官(ブラッドリー・クーパー)が彼に関わっていく中で少しずつ影響を受けていく。
決して年寄りの価値観を押し付けるわけではなく、彼自身のカッコイイ生き様がそこに表れているからこそ、何か若い世代に欠けている大切なものがあるのではないかと教えられるのです。
犯罪を通して人と人の繋がりが回復していくというストーリーは昔からよくありますが、ここまでシンプルなのに力強い作品は久しぶりです。
作品レコメンド
イーストウッドの『運び屋』を見て少しでも心にひっかかった人は、次はこんな映画を見てみるといいでしょう。
・『ノーカントリー』
・『ストレイト・ストーリー』
・『グラン・トリノ』
『ノーカントリー』
コーエン兄弟監督による、アカデミー賞作品賞を受賞したサスペンス映画です。
「今の犯罪にはついていけない」という、トミー・リー・ジョーンズ演じるベテラン刑事の独白が印象的な作品で、凶悪化していく犯罪に全くついていくことができなくなってしまった刑事の苦悩が描かれます。
「かつて自分が生きてきた時代とは全く異なる論理で動いている世界」を題材にしている点では、『運び屋』との関連を指摘する声も多数上がっています。
『ストレイト・ストーリー』
みんな大好きデイヴィッド・リンチ監督。
カルト的な作品が目立つ彼の中では珍しいヒューマンドラマ。
疎遠だった兄が倒れたという知らせを受け、アイオワ州からウィスコンシン州までの道のり約560kmを時速8kmの芝刈り機で移動した実話を映画化したロードムービーです。
ことあるごとにぶっ壊れる芝刈り機を操って兄の元へ向かう主人公を様々な人が応援したり、時には騙されたり、それでもたくさんの素敵な出会いが彼を待っています。
家族を巡っての物語であるという点で、『運び屋』を『ノーカントリー』×『ストレイト・ストーリー』だと表現することもできると思います。
『グラン・トリノ』
イーストウッドが2008年に監督した作品。
実は本作が『運び屋』の精神的な前作にあたるのではないか?と私は思っています。
退役軍人であるイーストウッド演じる主人公と、移民の息子であるタオ。
保守的で頑固なオヤジだった彼が移民コミュニティに交わっていく中で、これからの時代に必要とされているものはなんなのかを考えさせられます。
これもまた一つの、「若者が老人との新しい繋がりを築いていく」映画です。
というわけで、88歳にしてさらなる進化を続けている驚異の男、クリント・イーストウッド。彼の次回作にも期待です。