現役テレビ局員の映画・ドラマ研究記

在京キー局で暗躍するテレビマンが送る、読んだら誰かにこそっと話したくなる映画・ドラマの徹底考察! ※本サイトの見解は全て筆者個人のものであり、特定の会社を利するものではありません。

2001年宇宙の旅 70mmフィルム上映レポート もはや鑑賞ではなく体験だった

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 歴史的上映イベント

 2018年10月12日、銀座にある東京国立映画アーカイブへ「映画文化遺産2001年宇宙の旅 70mmフィルム特別上映」に行ってきました。一か月ほど前に行われたチケット先行販売では、わずか5分で全12回分のチケットが完売。転売予防でプールされていた当日券を求めて”宇宙難民”たちが朝から長蛇の列を作っていたほど。

 そうなるのも事情があって、上映に使用する70mmフィルムは日本での上映後すぐに海外の上映に向けて海を渡ってしまい、フィルムもその一本しかないため、次いつ日本に来るかわからないという状況だったのです。そんなことからチケットはプレミア化し、悲しいことに転売で高値が付いたりしていました。

 幸運にもチケットを確保できた私は、仕事を一瞬で切り上げて一路銀座へ。途中休憩含めて2時間半強の宇宙の旅に出発したのでした…。

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 これが、今回の上映に際して制作されたポスターです。

 「50 years ago, one movie changed all movies forever」

 「50年前、たった一本の映画がすべてを永遠に変えた」

 このコピーの意味を、細胞レベルで体感することになりました。今までDVDでしか2001年を見たことのない私(20代前半なので、劇場公開は半世紀以上前!)は、この映画が放つ恐ろしさ、とてつもなさといったものを1割も知らなかったのだと。

今回は、私のような「2001年宇宙の旅DVDオンリー世代」が初めて大スクリーンで本作を見た衝撃をありのまま伝えていきたいと思います。

 

なぜ今70mmフィルム版なのか?

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 もともと「2001年宇宙の旅」が撮影されたとき、監督であるスタンリー・キューブリックは視覚効果をよりリアルに得るために当時多くの映画の撮影媒体であった35mmフィルムではなく70mmフィルムを使いました。両者の違いを簡単に言うと、35mmフィルムをデジタルの画質に換算すると4Kを少し上回るレベル。70mmフィルムはその情報量のほぼ倍くらい、と考えればその緻密さが理解できるのではないでしょうか。(そもそもアナログのフィルムとデジタルの画素数の比較をすること自体無理がありますが、参考程度に)

 そして、1990年代後半にネガフィルムの保存を目的として初期のプロジェクトがスタート。その保存されていた元の70mmを、フィルムの信奉者であり同時にキューブリックの熱烈な研究家でもあるクリストファー・ノーランが復元プロジェクトが見て衝撃を受けたことから復元計画が急加速。今年の頭に「ノーランが宇宙の旅の70mmフィルムの復元に成功した」というニュースが電撃的に広まりました。そしてその復元プリントはカンヌ映画祭で特別上映され世界中の映画ファンの関心を呼び起こし、ついに世界を周遊する形で一般公開されることになったのです。

 ノーランは「宇宙の旅」の前に、自身の監督作でもある「ダンケルク」を70mmフィルムで撮影して公開したことで話題になっています。その時に70mmを上映できる設備を持つ映画館が世間に広まったこと、今や特殊な上映形態となった70mm上映に需要があると証明できたことなども気運を高め、まさに今しかないタイミングでの公開となりました。

 こんな何十年にも渡る背景があることを多くの映画ファンが知っていたので、まさに「歴史的」上映となり、前述のとおりチケットも争奪戦になったのです。

 

 いざ、上映

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 国立シネマアーカイブにつくと、この上映に関する資料が配られました。映画の内容よりも、上述のような歴史的背景や、1968年公開当時どのような上映形態だったかなどを詳細に解説した、美術品の解説書のような資料にテンションも上がります。

 

 それによると、当時の「シネラマ」という観客席を包み込むようなスクリーンでの上映を想定した撮影が行われていて、そのための構図もふんだんに取り入れられているとのこと。今でいうと、IMAX向けに撮影した映画という感じでしょうか。次第に上映規格が統一されていき、シネラマスクリーンも淘汰されて今は見ることができないので、本来の形で「宇宙の旅」を鑑賞する術はもうないのが寂しいところです。

 

 前説

 上映に先立って、日本に「2001年」を呼び込んだ立役者である国立シネマアーカイブのスタッフさんが前説。日本に70mm映写機が現在シネマアーカイブしか存在しないこと、技師さんの体力など原始的な要素も相まって上映回数が限られたことなど上映裏話が語られました。 

 また、今回限りとなる貴重な70mmの密な映像を最大限堪能してほしいとの思いから、字幕映写用のスクリーンを別注して画面を邪魔しないようにしたという説明に、観客の期待も高まります。字幕が特別な位置にあるため、一部字幕を読めない座席ができてしまったことをお詫びしつつも、「160分中セリフがあるのは40分くらいなので」(スタッフさん談)の言葉に会場大爆笑。全員の頭の中にスターゲイトが浮かびかけたところで上映が始まりました。

 

 猿が怖い!!

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 劇場の照明が落ち、幕が閉じたまま前奏が始まるという公開当時を完璧に再現した上映が始まります。幕が開くと同時にMGMのロゴが出現する演出ももちろん初体験。「第一章dawn of the human」の字幕が出て、2時間強の旅へ。

 雄大な荒野のロングショットが浮かび、この時点で段違いの画面の色艶と発色具合に度肝を抜かれます。そして、猿たちの闘争シーンへ。実はこのシーン、DVDで見ると「猿の惑星」よりも出来が悪いな、なんて思っていたのですが、印象がまるで違いました。一匹一匹の猿たちの細かい動き、特殊メイクなのに一切落ち度が見当たらないザラザラした皮膚など完璧に再現されています。野生のチーターと戦う場面などは、ドキュメンタリーフィルムを見ているかのよう。というか、これ生身の人間に本物のチーター襲わせて撮影してるんだよね、、と心配してしまうほど。それくらい「今、そこに生きている」ことが伝わる映像です。

 

そして宇宙へ

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 開幕から「これはモノが違う」と心の奥底がわなわな震え始めたころ、ついにあの「デーン、デーン、デーン、デデーン!!!」(要脳内補完)の音楽とともに舞台は宇宙へ。

 

 で、でけぇぇぇ!!

 

 回転するISSの圧倒的な規模感。そこらへんのSFとは全く違う、ゴテゴテと飾り付けてないのに見惚れてしまうたたずまい。フィルム独特の映像のざらつきも効果を上げていて、物体が際立って見えて説得力が段違いなのです。

 私の中では映画の宇宙空間といえば、やはりアルフォンソ・キュアロンの「ゼログラビティ」の澄み切った宇宙が連想されていました。しかし、キュアロンの宇宙をも凌駕するほど雄大で、有無を言わせぬ圧倒的な迫力を帯びた宇宙は半世紀も前に描かれていたのです。これは本当に驚きでした。

 前説で話題になった、「客席を包み込むシネラマスクリーンを意識した構図」というのも、イメージレベルではありますがいくつか合点がいきました。座席が円形になっていたり、過度に丸みを帯びたディスカバリー号の船内だったり、有名な「マラソンシーン」だったり。 様々な映像的遊びが試みられていて、家のディスプレイで見ていた時は思いもしなかったシーンの意図に気が付きました。

 

人を「狂気」に誘う孤独な宇宙

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 その最たるものが、「宇宙」の描き方です。この映画は「無音」が一番怖い「音」として表現されていて、宇宙空間を支配しています。スクリーン目いっぱいに映る広大な宇宙は主人公ボーマンたちに常に無言の圧力をかけ続ける生き物のようで、そこで過ごす者たちを孤独に追い立てるのです。

 木星探査のシークエンスに入った後、ボーマンの表情がクロースアップになると、恐ろしく生気のない顔をしていることがわかります。いくら走っても同じところに戻ってくる船内、ドロドロになっていて何を食べているのかわからない宇宙食、そして冷たい声色で語り掛けてくるHAL。周囲を無機的なもので囲まれている宇宙旅行は、さながらキューブリックの別作「シャイニング」の洋館内にいるかのようです。

 

HALは本当に「反乱」を起こしたのか?

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 そうなると、HALがボーマンに牙を剥いた理由もまた違って見えてきました。

 今まで私は、「人工知能の反乱」という文脈で一連の流れを理解していました。それは世間的な解釈というか、「2001年宇宙の旅はなぜ偉大な映画なのか」ということを知っていて、「後のSF映画のモチーフを全て描いた」との触れ込みをもって作品を見ていたからです。言い方を変えれば、「よくわかんないけど、前情報によれば人工知能に逆襲されたんだな」と、「そういうもの」として受け入れていたからです。

 ですが、あの映像を見た後では、「HALもまた宇宙の孤独によって狂気に追いやられたのではないか?」と思えてなりません。その方がしっくりくるのです。そしてその徹底した描き方が、「狂気の映画作家」キューブリックの最高傑作として本作を成り立たせているのではないでしょうか。

 家庭の小さな画面では、人間も完璧な人工知能もすべてを狂気に追い込んでしまう、あの宇宙空間は味わえないでしょう。

 観客の想像を呼び起こす空白

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 あっという間の2時間半が終わり、劇場は不思議な高揚感に包まれていました。自然と沸き起こる拍手は、大きなフィルムを回し続けた映写技師さんたちにも送られました。

 総評としては、私がしたことは映画鑑賞ではなく、映画体験と表現した方が近い気がします。絶叫上映や4DX上映など、映画を「体感」する形式は多々ありますが、キューブリックの「宇宙の旅」は何も仕掛けがなくても五感すべてに訴えかけてくるものがあります。無音が本来聞こえていない音を聞こえさせ、フィルムの粒立ちや表面のざらつきは見えないものまで想像力で見えさせるのです。

よく言われる、「あの映画の中に神を見た」というのは、大げさな表現ではない気がします。それほどにこの映画が持っているエネルギーはすさまじいのです。

 そして、この感覚に至るように映画が緻密に計算して作られているからか、最後に最も疑問を呼び起こす「急激な老化、スターチャイルドの誕生」への大飛躍も納得できるのです。そう考えると、冒頭に猿の骨→ロケットという映画史上最大のジャンプカットもその伏線としてあったのではないかと考えられます。

 

IMAX上映決定!

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 70mmフィルムでの上映は(今のところ)もうありませんが、嬉しいことに今週末から2週間限定でIMAX上映することが決定しています。

周囲の評判を聞いて初めて宇宙の旅を見た結果「??????」状態になった、かつての私状態の人も大勢いるかと思いますが、大きなスクリーンで見ると信じられないくらい印象が違います。

私は、かつてのシネラマをイメージできるように、目の前をスクリーンで覆いつくせる最前列のど真ん中に陣取って見ようと思っています。