現役テレビ局員の映画・ドラマ研究記

在京キー局で暗躍するテレビマンが送る、読んだら誰かにこそっと話したくなる映画・ドラマの徹底考察! ※本サイトの見解は全て筆者個人のものであり、特定の会社を利するものではありません。

「あなたには帰る家がある 第三話」感想・レビュー

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 「もっと残念な夫」による浮気初心者ドラマこと、「あな家」。ドロドロと喜劇の境目を絶妙にバランスをとって演じる役者さんたちの魅力もさることながら、太郎(ユースケサンタマリア)が引っ掻き回し、綾子(木村多江)がさらに存在感を増してきた第三話でしたね。

 

感想:「雨に唄えば」て!!!!!

 

 先週の予告の時点で大爆笑させてくれた「地獄BBQ」会。そこでのタランティーノ的な心理戦が中心になるのかと思いきや、まさかの「雨に唄えば」事変。今までは口説き文句や小ネタくらいの扱いでしかなかった秀明(玉木宏)の映画ネタを衝撃的な仕掛けにしていましたね。それでは、あらすじを。

 

あらすじ

 「シーサイドホテル鎌倉48000円」という浮気の決定的な証拠を握ってしまった真弓(中谷美紀)。一方で秀明は綾子との裏切りを重ねてしまうが、自分の脇の甘さを自覚せずに危機感もまったくない様子。真弓は秀明の浮気の証拠をさらにつかもうと動くのだが、自分は夫の浮気を追求して一体何を目指しているのだろうか?と葛藤する。そんな中、仕事の打ち合わせで真弓は太郎に「夫が浮気している」と漏らしてしまい、太郎は秀明夫妻の事情を全て知ってしまう。秀明と真弓は太郎に家に呼ばれ、半強制的に日曜日を共に過ごすことになる。こうして地獄BBQの幕が上がるのだった。

 

「時計仕掛けのオレンジ」か「雨に唄えば」か?

 

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今週公開された秀明の「聖域」

  ドラマの冒頭は、いきなり秀明と綾子の浮気シーンから始まります。さながらヒッチコックの「サイコ」の冒頭を思わせる演出だなあと思っていたら、大雨が降る外を見て、「私たちが会う時はいっつも雨だね」と綾子が言います。「I sing〜」と突然歌い出す秀明。『「雨に唄えば」っていう映画の歌で、「時計仕掛けのオレンジ」っていう映画ではこの鼻歌が元で犯人がバレちゃうんだよね』といつものように映画小ネタをぶちこみます。

 綾子「へえ、見てみたいな」

 秀明「(一瞬の逡巡)‥じゃあ、「雨に唄えば」の方を貸すよ」

 文字起こしするとこうなるでしょうか、この一瞬の逡巡がかなり笑えるポイントで、「あ、今秀明時計仕掛けと雨に唄えばで迷ったな」と思わせてくれるのです。そして、「雨に唄えば」を選んだところで、「うん、正解正解!!」と溜飲を下げさせてくれます。なぜか。両者の「I sing〜」を比較すれば一撃でわかります。

 


HD 1080p "Singin' in the Rain" (Title Song) 1952 - Gene Kelly

 

 これが、本家「雨に唄えば」の「Singin in the Rain」のシーン。有名ですね。電柱をくるりと回るところなんかは、これ以降ミュージカル映画の「お約束」となります。ララランドでもライアンゴズリングがやってましたね。一方、「時計仕掛けのオレンジ」の方は、

 


A Clockwork Orange - I'm Singing In The Rain

 この1分半くらいからのところ。これも映画史に残る狂気的なシーンです。あの「Singin in the Rain」を歌いながら節に合わせて女性を殴る蹴る。あまりに衝撃的なシーンですが、秀明の言った通り、ここの生き残りがこの歌を覚えていたことでのちに犯人がバレてしまうんですね。ちなみに、なぜ「Singin in the Rain」を歌ったかというと、主演の役者さんが撮影時に空で歌える歌がこれしかなかったから、という嘘みたいな逸話があります。

 

 「見てみたい」と綾子が言ったとき、おそらく文脈的には「時計仕掛け」の方のプロットに興味を示してのことなのでしょうが、秀明的にはこの場面が頭をよぎってわざわざ「雨に唄えば」を貸すよ、と言ったのでしょう。あの(一瞬の逡巡)には、こんな風に映画オタクの脳裏が込められていてかなり笑えました。

 あと、個人的には「雨に唄えば」の隣に置いてある「MASH」が好きです。ロバートアルトマン監督によるベトナム戦争を舞台とした群像劇で、実はアベンジャーズの最新作と精神的な繋がりがあります。それをここで論じると終わらないのでまたの機会に譲りますが。

 

真弓の本音のような建前が、綾子を嫉妬させる

 

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地獄BBQ

 そんな色々を経て、後半の地獄BBQへとなだれ込んでいくわけですが、このシーンも見ものでしたね。娘息子が釣りへ行ったスキを見計らって、太郎から秀明へ、「浮気してんじゃねえよ」というストレートな指摘。こういうことをやってしまう無理筋なところが、太郎の狂言回し役としての魅力となりつつありますね。この人が動くと話が動く。

 しかし、本筋は真弓の返した答え。「一回や二回の遊びを夫がふらっとしてこようが、こっちは20年も夫婦をやってきてる。同じご飯を食べて、おはよう、とかおやすみって言ってきてる。家族だから、夫には帰る家があるから、ちょっとやそっと、大丈夫なんです」。強がり半分、本音半分と言ったようなセリフでしょうか。一回や二回の遊びのために真弓がどれほど心をすり減らしてきたかを私たちは見ているだけに、とても響く言葉でした。

 そして綾子に火をつけたのも、真弓の言葉。言ってみれば綾子にとって真弓の言葉は、意図したものでないにしても「勝利宣言」。「浮気相手なんて眼中にない」と言っているように聞こえたでしょう。綾子はここからスピード感を増して、秀明に接するようになります。そして、真弓に対しても、わざと「Singin in the Rain」の鼻歌を目の前で歌って自分が犯人だとバラします。綾子から真弓に対しての戦線布告ですね。この回の綾子は本当に恐ろしくて、美しい亭主関白の妻を演じながら、自分の勝利を目指して動き続ける。しかし表情だけは絶対に変えない、という姿勢を一貫していて、「ゲットアウト」のメイドさん的な、本当の自分が内側に隠れて出てこれなくなっているようなキャラクター性を感じました。

 

99%黒でも、認めてんじゃねえよ

 名台詞連発の回でしたが、ラストの真弓vs秀明の会話も秀逸でした。自分の浮気をあっさりと認めてしまう秀明に対して、どんなに下手くそでもバレバレでも嘘をつき続けてほしかったと言う真弓。自分が今まで夫の浮気の証拠を握りながらも、その先に待っているものが何か(今のところ離婚ですね)を意識すると踏み込めない。どうしたらいいのかわからない。そんな複雑な心理でいたところに、秀明の良い意味での素直さがぶつかってしまう。秀明は本心から謝ったのに、それが逆に真弓の磨り減った心を傷つけてしまう。素晴らしい心理描写だと思います。このドラマのいいところは、コメディチックなツッコミは顔のクローズアップを入れて心の声として入れたりしてわかりやすくしているのに、「本当に大事な気持ちは絶対にセリフにしない」ところですね。ここで解釈を視聴者に委ねていて、豊かなドラマ性を作っているんだと思います。

 それには玉木宏中谷美紀夫妻のバランスの取れた演技力、綾子、太郎夫妻の背後からくるような恐ろしさ、などキャスト陣の力や演出力がかなりの役割を果たしていると思いますが、それがどんな風に着陸するのか、楽しみですね。

 最後は、今回最も好きだったセリフでお別れです。

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信号には捕まらなくても、おじさん警察に捕まっちゃうよお!!